糖尿病黄斑浮腫に対する抗VEGF治療が効きにくい時、網膜前膜がカギかもしれません
糖尿病網膜症は、糖尿病によって網膜の血管が障害される病気で、進行すると視力に大きな影響を及ぼします。なかでも視力の中心を担う「黄斑」に浮腫(むくみ)が生じる糖尿病黄斑浮腫は、日常生活に直結する深刻な視機能障害を引き起こします。
近年では、抗VEGF薬による硝子体注射がDME治療の主流となり、一定の効果が得られるようになっています。しかし、すべての患者さんに均一な効果があるわけではありません。
では、なぜ治療が効きにくい場合があるのでしょうか?
Ophthalmology Science誌に掲載された、シカゴ・ノースウェスタン大学の研究では、糖尿病黄斑浮腫の治療反応における網膜前膜(黄斑前膜)の役割に注目しました。
網膜前膜とは、黄斑部にできる非常に薄い透明な膜状の組織で、年齢とともに多くの人に現れます。しかし、糖尿病をもつ方では、この膜がより早く、そして厚く形成される傾向にあり、網膜を引っ張って変形させたり、浮腫を悪化させたりすることがあります。
この研究では、糖尿病黄斑浮腫に対して抗VEGF治療を受けている153人(212眼)を対象に、次の3つの視点で検討が行われました:
・網膜前膜があると治療効果は低くなるのか?
・抗VEGF薬の注射回数に影響があるのか?
・網膜症の進行との関係はあるのか?
解析の結果、全体の約18%(38眼)に網膜前膜が存在しており、これらの症例では、
- 抗VEGF注射の回数が有意に多く、
- 黄斑網膜厚の減少が乏しく(浮腫が残りやすく)、
- 糖尿病網膜症の重症度が高い傾向にある、
ことが明らかになりました。
網膜前膜の存在は、糖尿病黄斑浮腫の治療における“ブレーキ”のような役割を果たしている可能性があります。
実際、浮腫がなかなか引かない、注射の効果が乏しい、というケースでは、網膜前膜の存在がひそかに影響していることがあり、手術的に膜を除去(硝子体手術)することで、改善が得られることもあります。
興味深いことに、こうした糖尿病黄斑浮腫に対する硝子体手術は、日本では以前から比較的積極的に行われてきました。
その背景のひとつに、私たちの過去の研究成果(Hikichi et al., Ophthalmology 1997)があります。
この研究では、糖尿病黄斑浮腫の自然経過や網膜硝子体界面の状態と治療反応との関連を調べ、浮腫が持続する症例では硝子体や網膜前膜が関与していることを示しました。
以降、日本では糖尿病黄斑浮腫に対して抗VEGFだけでなく、硝子体手術による網膜前膜の除去も重要な選択肢として広まりました。
当院でも早くから、糖尿病黄斑浮腫に対する個別化治療を重視し、網膜前膜の有無をOCT(光干渉断層計)などで丁寧に評価しています。
必要に応じて抗VEGF治療と並行して、硝子体手術による膜の除去を行うことで、視力の改善や治療回数の減少を目指しています。
糖尿病黄斑浮腫は一筋縄ではいかない病気です。しかし、一人ひとりの眼の状態を丁寧に見極めることで、より良い治療の道筋を見つけることが可能です。
今回の研究は、「なぜ治らないのか?」という問いに、一つの明確なヒントを与えてくれました。
治療が効かない背景には、網膜前膜が潜んでいるかもしれません。
網膜前膜の存在に気づき、適切に対応することで、糖尿病黄斑浮腫の治療成績向上につながるものと思います。
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