点眼で加齢黄斑変性は治せる?最新研究が教えてくれる「期待」と「限界」
目の奥で物を見るために大切な「黄斑(おうはん)」が傷んでしまう病気の一つが 加齢黄斑変性です。
日本でも年齢とともに患者さんが増え、視力低下や失明の原因となることから、 多くの方が治療を受けています。
現在、主な治療法は目の中に薬を注射をする方法です。多くの患者さんに効果がありますが、「注射が怖い」「通院が負担」という声も少なくありません。
そこで注目されてきたのが、点眼(目薬)で治せないかというアイデアです。
今回ご紹介するのは、この「点眼治療の可能性」について科学的に検証し、Invest Ophthalmol Vis Sciに掲載された英国バーミンガム大学の研究です。
そもそも、なぜ注射が必要なのか?
加齢黄斑変性の原因の一つは、「VEGF(血管内皮増殖因子)」という物質が目の中で増えすぎることです。このVEGFを抑える薬を目の中に直接注射することで、病気の進行を止めたり、視力の回復を促します。
でも、注射は繰り返し必要になるため、注射への不安や定期通院の負担があります。できれば、もっと気軽に治療できる方法があれば…と思うのは当然のことです。
点眼では本当に届かないの?
薬を目薬として使えれば理想的ですが、目の構造はとても複雑で、目の奥にある網膜の真ん中である黄斑まで薬を届けるのが難しいのです。
バーミンガム大学の研究チームは、「ラニビズマブというVEGFを抑制する薬を点眼で使った場合、どれくらい網膜に届くか?」を、数理モデル(コンピュータシミュレーション)を使って詳しく調べました。さらに、注射と比べた場合にどれくらい差があるかも比較しています。
この研究は、人間の目の形や血流などを再現したモデルを作り、薬がどのように吸収・拡散されるのかを予測する「PBPKモデル」という手法を用いています。
研究結果:届くけど、効果は厳しい
結論から申し上げますと … 点眼では、黄斑に十分な量の薬が届かない。
どんなに点眼薬を高濃度にしても、また浸透しやすいように工夫しても、網膜に届く薬の量はごくわずか。目の中への注射によって得られる薬の効果(VEGFの抑制)には遠く及ばないという結果でした。
もちろん、点眼後には角膜や結膜、強膜を通じてわずかに薬が目の奥に進みますが、その途中で多くが失われてしまうのです。
特に黄斑という重要な部分にピンポイントで届くには、今の技術では難しいようです。
では、点眼治療は完全に無理なのか?
この研究は、「現在の方法では難しい」と結論づけたものであり、未来のすべてを否定しているわけではありません。
たとえば、薬の粒子を極限まで小さくした「ナノキャリア」や、「浸透促進剤」と呼ばれる特殊な成分を使えば、少しずつ網膜・黄斑への到達量を増やす可能性もあります。
また、「黄斑ではなく前房や虹彩など、他の部位が治療対象」であれば、点眼で済むケースも将来的には出てくるかもしれません。
私たちが知っておくべきこと
この研究は、患者さんの「もっと楽な治療があれば…」という願いに対して、科学的にその限界と可能性の境界線を示してくれた、非常に意義のある内容です。
・現状では、網膜や黄斑をしっかり治療するためには、硝子体注射が最も確実な手段
・点眼による治療は、まだまだ研究段階。効果を得るには技術の進歩が不可欠
ということが、しっかりと数値とモデルに基づいて示されました。
それでも希望はある
注射治療が必要な病気は他にも多くあり、「針を使わない治療」の開発は世界中で進められています。
この論文のように、「できる/できない」を冷静に判断しながらも、「どうすればできるか?」を模索していく研究が、未来の医療を切り開いていく原動力です。
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