「血糖だけ」じゃ足りない。低血糖も怖い: J-DOIT3が教える、網膜症予防の新常識
糖尿病の三大合併症のひとつ、糖尿病網膜症。進行すれば視力低下や失明の原因になります。
では、どうすれば糖尿病網網膜症を防げるのか?
JAMA Ophthalmologyの電子版に掲載された日本の大規模臨床試験 J-DOIT3 の二次解析が、私たちにとって重要なヒントを示しました。
結論から言うと
・発症の予防には「多因子の徹底管理」が効く。
・HbA1cは低いほど安全側だが、明確な“安心ライン”はない。
・見落としがちな“軽い低血糖”も、発症リスクを押し上げる。
J-DOIT3は、2型糖尿病の方を対象に血糖・血圧・脂質をまとめて厳格に管理したグループと、従来の標準治療のグループを平均8年以上追跡した研究です。
結果は明快でした。厳格に管理したグループでは、網膜症の「新規発症」は有意に減少。つまり、血糖だけを頑張るのではなく、血圧もコレステロールも一緒に整えることが、目を守る近道だということです。
一方で、すでに網膜症がある人の「進行抑制」は明確な差が出ませんでした。 進んでしまった病気を止めるのは難しい。だからこそ、早いうちに発症させないこと、そして定期検診で早期発見することが大切です。
HbA1cに関しては、「HbA1cが◯%以下なら大丈夫」という分かりやすい境目は見つかりませんでした。むしろ、HbA1cが1%上がるごとに網膜症の発症リスクは着実に上昇します。対策はシンプルです。無理のない範囲で、できるだけ低く、安定させる。 これに尽きます。
ただし、ここに落とし穴があります。
「低血糖はふらつきや冷や汗が出るくらいで、しばらく休めば回復するから問題ない」 そう考えていませんか?
J-DOIT3では、年に数回程度の“非重篤の低血糖”でも、網膜症の発症リスクが有意に上昇していました。回数が増えるほどリスクは高くなります。
低血糖はその瞬間がつらいだけでなく、血管の壁にストレスを与え、目の細い血管にも悪影響を及ぼす可能性があります。つまり、「ただ低く」ではなく「安全に低く」。これが網膜症予防のキーワードです。
今日からできる、5つの実践ポイント
・数値の“安定”を重視
HbA1cの目標は医師と相談して個別化を。短期間で急に下げると低血糖が増えがちです。“穏やかな下降”で安定ゾーンに。
・低血糖のサインをメモ
手の震え、動悸、強い空腹、ぼんやり感といった低血糖の症状が起きた時間帯・食事・運動・薬を記録。次の診察で調整の材料になります。
・薬は“組み立て”で安全に
近年は低血糖を起こしにくい薬も増えています。心血管や腎臓にも良い影響を期待できる薬も。血糖・血圧・脂質をセットで最適化しましょう。
・生活の“微調整”が効く
食事はゆっくり、バランスよく。間食は“低GI+たんぱく質少し”。運動は無理なく毎日(合計30分の早歩きが目安)。寝不足や脱水は低血糖の引き金になるので要注意。
・年1回の眼底検査は“保険”
症状がなくても、散瞳検査やOCT(光干渉断層計検査)で早期変化は見つかります。合併症が出る前の“予兆”を捉えることが、視力を守る最善策です。
よくある誤解、ここで解消
Q:血糖だけよければ、目は大丈夫?
A:いいえ。 血圧や脂質、腎症の有無もリスクに直結。まとめて整える発想が必要です。
Q:低血糖は我慢すればいい?
A:ダメです。 軽い低血糖でも糖尿病網膜症の発症リスクは上がります。薬・食事・運動の配分を見直し、そもそも起きにくい設計に。
Q:HbA1cは何%なら安心?
A:固定の“セーフライン”はありません。 “あなたにとって”安全に達成できる目標を医師と決め、安定を維持しましょう。
まとめ:目を守る処方箋
・発症を防ぐ主役は予防。進行を止めるのは難しい。
・血糖・血圧・脂質の“多因子管理”で発症リスクを下げる。
・HbA1cは低く安定、ただし低血糖は極力ゼロへ。
・生活の微調整+薬の最適化+年1回の眼底検査。
「頑張って下げる」よりも、**“安全に、賢く、続ける”**こと。これが、あなたの視力と人生の質を守るいちばん確かな道筋です。気になることがあれば、遠慮なくご相談ください。あなたに合った“安全に効く”計画をご一緒に作っていきましょう。
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理事長・院長