ミノサイクリンは萎縮型加齢黄斑変性の治療薬になり得るか?
ミノサイクリン(商品名:ミノマイシン)は、細菌のタンパク質合成を抑制して、細菌の増殖を抑える抗菌薬です。
抗菌作用だけではなく、炎症を抑える作用も有しています。
網膜の神経細胞に炎症を誘発させる動物実験では、ミノサイクリンが視細胞の脱落を抑制することが報告されています。さらに、脳や網膜への薬剤移行性が非常に良いことも知られています。
私が30年ほど前、ハーバード大学に留学していた頃、ボスの一人が「ミノシン(ミノサイクリンのジェネリック医薬品名)は加齢黄斑変性に効く」と頻りに言っていました。
当時は抗菌薬のミノサイクリンが眼疾患の治療薬になると考える研究者は稀で、「突拍子もないことを言う人だ」というのが私の感想でした。
萎縮型加齢黄斑変性では、網膜に存在するミクログリアという細胞が活性化され、活性酸素や炎症を惹起するサイトカインを産生することで網膜色素上皮細胞や視細胞の障害を招き、萎縮型加齢黄斑変性が進行するのではという研究報告がなされ、ミノサイクリンにはミクログリアの活性化を抑制する効果もあり、萎縮型加齢黄斑変性の治療薬になる可能性が示唆されるようになりました。
ハーバード大学への留学から20年が経た頃、米国国立衛生研究所(NIH)が、ミノサイクリンの萎縮型加齢黄斑変性に対する治療効果を検証する治験を行うことが報じられ、ボスの顔と当時の言葉を思い出し、自分の未熟さを反省しました。
3月14日、JAMA Ophthalmology電子版にミノサイクリンの萎縮型加齢黄斑変性に対する治療効果を検証する第2相臨床治験の結果が掲載されました。
この治験では萎縮型加齢黄斑変性37例を対象に、まず無治療で9か月間観察し、その後、ミノサイクリン100mgを1日2回、3年間経口投与し、無治療の期間とミノサイクリン内服後の地図状萎縮病変面積の変化量を比較しました。
その結果、ミノサイクリン内服による地図状萎縮病変の拡大抑制効果や視機能低下をを抑制する効果を確認することはできませんでした。
結果を受け治験担当者は、萎縮型加齢黄斑変性の治療として今回のミノサイクリン内服量が少なかったのか、そもそもマイクログリアの活性化が萎縮型加齢黄斑変性の進行に関与していないのかもしれないと考察しています。
第2相臨床治験で有効性か確認されると、症例数を増やした第3相臨床治験を行うのですが、ミノサイクリンの萎縮型加齢黄斑変性に対する治療効果を検証する第3相臨床治験は行われなさそうです。
第3相臨床治験が行われないと治療薬としての認可は閉ざされます。
とても残念ながら、ボスの夢の実現化は遠のいたようです。
カテゴリー
- お知らせ (10)
- ブログ (424)
- iPS細胞 (19)
- IT眼症 (9)
- OCTアンギオ (8)
- アルツハイマー病 (7)
- アレルギー性結膜炎 (5)
- お困りごと解決情報 (17)
- こんな症状が出たら (35)
- サプリメント (13)
- スタッフから (5)
- ドライアイ (17)
- 中心性漿液性網脈絡膜症 (2)
- 人工知能(AI) (14)
- 加齢黄斑変性 (101)
- 外斜視 (1)
- 抗がん剤による眼障害 (1)
- 白内障 (20)
- 看護からのお知らせ (1)
- 眼精疲労 (12)
- 糖尿病網膜症 (48)
- 紫外線 (2)
- 紫外線、ブルーライト (6)
- 網膜前膜 (3)
- 網膜剥離 (14)
- 網膜動脈閉塞 (8)
- 網膜色素変性症 (7)
- 網膜静脈閉塞 (11)
- 緑内障 (27)
- 色覚多様性 (2)
- 講演会 (28)
- 近況報告 (83)
- 近視予防 (39)
- 飛蚊症・光視症 (14)
- 黄斑円孔 (4)
- 黄斑前膜 (3)
- 未分類 (9)
アーカイブ
最新の記事
- 2025.8.17
- 新登場目前 “症状そのもの”に効くドライアイ薬と、“水はけ”を良くする緑内障薬
- 2025.8.10
- 「見える」をもう一度:HOPE Meeting vol.4で感じた視機能再建の現在地
- 2025.8.1
- 「見る」を取り戻す未来へ:イーロン・マスク氏と視覚再生技術の最前線
- 2025.7.28
- 令和7年お盆休みのお知らせ
- 2025.7.27
- サンデグラジェノックス販売終了のお知らせ
- 2025.7.27
- 白内障と骨折リスクの意外な関係:手術がもたらす“転ばぬ先の杖”
- 2025.7.20
- 9か月に1回で視力を守る時代へ 糖尿病網膜症に登場した“埋め込み式”治療を解説
- 2025.7.13
- 見えにくさの原因に「老化細胞」?―注目の新薬「セノリティック」とは
- 2025.7.9
- 糖尿病で目が見えなくなる時代は変わった?―糖尿病網膜症の20年間の変化を解析
- 2025.6.30
- “目が見えなくなる美容医療”がある – AAOが明らかにしたヒアルロン酸注射の失明リスク