甲状腺眼症の治療が変わる?―眼球突出を改善する新しい治療薬
- 2026.8.30
- ブログ
バセドウ病などに伴って起こる「甲状腺眼症」という病気があります。
名前からは甲状腺そのものの病気のように聞こえますが、実際には目の周囲に炎症が起こり、まぶたが腫れたり、目が前に出てきたり、物が二重に見えたりする病気です。重症になると日常生活への影響も大きく、外見の変化に悩まれる方も少なくありません。
これまで活動期の甲状腺眼症では、ステロイド治療などで炎症を抑えることが治療の中心でした。しかし、眼球突出や複視を十分に改善させることは難しく、病状が落ち着いた後に手術が必要になることもあります。
そんな中、米国眼科学会の機関誌 Ophthalmology に、甲状腺眼症に対する新しい治療薬「veligrotug(ベリグロツグ)」の第3相臨床試験の結果が報告されました。
5回の点滴で眼球突出が平均約3mm改善
今回の研究には、中等度から重度の活動期甲状腺眼症の患者113人が参加しました。
75人にはveligrotug、38人には偽薬(プラセボ)を投与しました。治療は3週間に1回の点滴を計5回。つまり約3か月で終了します。
結果はかなり印象的でした。
治療開始15週後に、眼球突出が2mm以上改善した人は、
veligrotug群 70% プラセボ群 5% でした。
眼球突出の平均改善量も約2.9mmに達しました。さらにMRIやCTを使って客観的に測定しても約3mm改善しており、診察室での測定だけではなく、画像上でも効果が確認されています。
論文に掲載された代表的な患者さんでは、眼球突出が4.5mm改善し、MRIでは眼球を動かす外眼筋の体積も約32%減少していました。炎症を一時的に抑えているだけではなく、腫大した眼窩組織そのものが小さくなることを示唆する興味深い結果です。
「物が二重に見える」症状にも効果
甲状腺眼症で患者さんを困らせる症状の一つが複視です。
今回の研究では、治療前に複視があった患者さんのうち、
59%で複視が改善し、49%では完全に消失しました。
プラセボ群で複視が完全に消失したのは12%でしたので、大きな違いです。
しかも効果が現れるのは比較的早く、最初の点滴から3週間後にはすでに眼球突出などの改善が確認されています。
なぜ効くのでしょうか
Veligrotugは「IGF-1受容体(IGF-1R)」という分子を標的にする抗体薬です。
甲状腺眼症では、眼球の奥にある線維芽細胞などでIGF-1Rに関連するシグナルが活性化し、炎症や組織の腫大に関係すると考えられています。
VeligrotugはこのIGF-1Rの働きを強く抑えることで、甲状腺眼症の病態そのものに働きかけます。従来のステロイドとは作用の考え方がかなり異なります。
1年後も効果は続いていた
新しい薬では、「効いたとしても、すぐ元に戻ってしまわないか」も重要です。
15週で眼球突出が改善した患者さんのうち、52週まで評価できた患者さんでは、70%が1年後にも改善を維持していました。
一方で、全員に効果が続くわけではありません。より長期間の再発率や再治療が必要になる割合については、今後の研究が必要です。
副作用にも注意が必要です
もちろん、よい面だけを見ることはできません。
比較的多かった副作用として、筋肉のけいれん、頭痛、点滴時の反応、血糖値の上昇、耳鳴りなどの聴覚に関する症状が報告されています。また、月経のある女性では月経異常も認められました。
多くは軽度から中等度で、治療を中止した患者さんは4%でしたが、特に聴覚や血糖については治療前後のチェックが重要になりそうです。
甲状腺眼症治療は新しい時代へ
今回の研究で特に注目したいのは、手術を行わずに平均約3mmの眼球突出改善が得られ、複視も約半数で消失したことです。
これまでの甲状腺眼症治療は、「まず炎症を抑え、病気が落ち着いてから必要に応じて手術を考える」という考え方が中心でした。
病気の原因に近い部分へ働きかける薬が登場することで、この治療の流れそのものが今後変わっていく可能性があります。
ただし、今回対象となったのは発症15か月以内の活動期の患者さんです。慢性期の甲状腺眼症にも同じように有効なのか、長期的な安全性はどうか、既存のIGF-1R阻害薬とどちらが優れているのかなど、まだ分かっていないこともあります。
それでも、「甲状腺眼症による眼球突出を薬でここまで改善できる時代になってきた」というのは、眼科医として非常に興味深い進歩です。
今後、日本でどのような形で使用できるようになるのか、注目していきたい治療の一つです。
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理事長・院長