見えないところこそ大切に ― 手術室の空気環境を毎年確認しています
2026.6.6 ブログ
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診察室でいちばん大切なのは、視力の数字や画像の所見以上に、あなたの暮らしの言葉です。
白内障、加齢黄斑変性、緑内障――治療の“正解”は一つではありません。「どの場面を、どんな質で見たいか」を起点に、検査と治療を設計しましょう。
医療エッセイ「ピスタチオ・アイスクリーム」
New Eng J Medicineの電子版に11月15日、「ピスタチオ・アイスクリーム」というタイトルの医療エッセイが掲載されました。
米国のICU(集中治療室)の医師が出会った3人の終末期患者のエピソードを通じて、「問う・聴く・つなぐ」というケアの原点を描いたエッセイです。
医師が深刻な病状の患者さんに向かってふと尋ねます。「アイスクリーム、食べませんか?」。すると患者さんの表情が和らぎ、家族や医療者との会話が開き、最後の時間をどう過ごしたいかが静かに語られていく――そんなエピソードが三つ綴られていました。
60代のサリーは終末期の肺がんで、ショックと仙骨の痛みを抱えて入院していた。家族の支援は期待できず、療養先も不安定。ICUの医師である著者が「今、できることは?」と自問して発したのは、「アイスクリーム、食べませんか?」という唐突な一言。サリーは笑顔になり、何杯かのバニラをきっかけに心を開く。やがて彼女は、自分の望み――痛みが少なく、穏やかな場所で、思いやりのあるスタッフに囲まれて過ごしたい――をはっきり言葉にし、ホスピスへの移行を選ぶ。緑の庭と静かなテラスのある施設で、10日後、安らかに息を引き取った。
50代半ばのグスタボは、転移性がんで腎不全・ショックに陥り、家族に見守られてICUへ。スペイン語が母語の彼は、これまで母語で直接説明を受ける機会が乏しかった。著者は拙いスペイン語で身の上話を聴き、やはりこう尋ねる。「アイス、食べる?」――「ピスタチオはある?」。看護師が見つけてきたピスタチオ・アイスを囲み、家族や友人と過ごす時間が生まれる。翌朝、彼は家族のそばで穏やかに永眠。言語の壁や医療アクセスの不平等がある現実のなかでも、人として向き合えば通じる。好きな味ひとつでも、患者の尊厳に触れる入口になる。
50代後半のキャシーは、巨大な骨盤腫瘍による多臓器圧迫で尿が出なくなり、治療選択肢は尽きていた。家族は涙に暮れ、医療者は厳しい現実を伝える。著者は、グスタボのピスタチオに着想を得て尋ねる。「あなたにとっての“ピスタチオ・アイス”は何ですか?」――彼女の答えは「息子と婚約者の結婚式を見届けたい」。そこで著者は言う。「では、今日ここで結婚式をしましょう」。6時間半後、病室はウェディング会場に。式後、ドレスアップしたキャシーは微笑み、「もう準備はできた。ホスピスへ行きたい」と静かに語る。
エッセイは、キャシーの結婚式の後、ウェディングケーキの隣に置かれたふたつのアイスクリームで締めくくられます。「先生もアイスをどうぞ」と勧められ、著者は一つを受け取ります。それは人とのつながりや優しさの証かと思います。
ピスタチオ・アイスは、その人が最期に「これだけは」と望む何かの隠喩で、医療者にとっても大切な意味があります。ICUでは治し切れないときに、なお届けられるケア――それは、問いかけて、聴いて、実行すること。「あなたのピスタチオは何ですか?」なのかと思います。
眼科に置き換えると
この話は、眼科の診療にもそのまま響きます。白内障の手術、加齢黄斑変性の注射治療、緑内障の治療――“医学的に正しいこと”はたくさんありますが、同じくらい大切なのは「それで、あなたはどんな日常を守りたいですか?」という問いです。
たとえば白内障手術のゴールは、「視力1.0」だけではありません。
・夜間運転が多い → コントラスト・眩しさへの配慮を優先
・料理や裁縫が好き → 近方・中間の見やすさを重視
・仕事でPC中心 → 中間距離を厚めに設計
こうした“暮らしの焦点距離”が、眼内レンズ選びや度数設計を左右します。
加齢黄斑変性や静脈閉塞で注射治療を続ける方なら、
・通院できる間隔、費用や付き添いの都合
といった現実条件が、そのまま治療計画の質になります。医学的妥当性と生活の実現可能性の交点を、一緒に探していきます。
緑内障でも、視野の欠けだけでなく、疲れやすさ・集中力の途切れなど“生活のデータ”に目を向けます。
ドライアイなら、空調位置やまばたきの癖、休憩サイクルまで調整すると同じ点眼でも効き方が変わることがあります。
受診の際に、最近一番困った場面(時間・場所・距離)や今は不便を感じて控えているが本当はやりたいこと(運転、読書、裁縫、スポーツなど)について教えてください。
治療や手術、注射のタイミングなどを調整しやすくなります。
たとえば「来月に大切な行事がある新生血管型加齢黄斑変性の方」なら、それに間に合うように視機能の波を整えるよう眼内注射の計画を立てます。
見え方の悩みは、数字だけでは測れません。
あなたの“ピスタチオアイス”――つまり「叶えたい願い」を、どうぞ遠慮なく教えてください。そこから逆算して、治療を一緒に“設計”していきましょう。
あなたの見たいもの、行きたいところ、続けたい習慣――それこそが、私たち眼科医が治療で守りたいものです。